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長谷川伸の名作『一本刀土俵入』のモデルと言われる松永由太郎。不遇の青春時代、縁あって博徒としての裏街道の人生を歩み、疎開で八尾に戻るも博打稼業はつづく。だが、暴力事件を機に足を洗った松永は、天賦の才の三味線とともに、かつて”荒ぶる風神の心を鎮め、楽しませる“男踊りを考案していた「おわら」への思いを胸に、郷土への愛の後半生を生きることとなった。
松永由太郎(まつなが・よしたろう) 明治23年、富山県八尾町(やつおまち)に生まれる。12歳で町一番のおわら節三味線弾きと言われた。14歳で上京、相撲取りを目指すが入門できず、土方、植木職人を経て岡谷の製糸工場に勤めるも怪我で帰郷。再び上京して博徒となる。戦後も八尾で博徒家業を続け、暴力事件を機に足を洗い、おわら節の普及に努め、昭和47年永眠。
【目次】
1 三味線の天才少年
2 由太郞と東京相撲
3 名作『一本刀土表入』のモデル
4 遊女「おたか」と長谷川伸
5 土方から植木職人見習
6 ふるさと八尾へ
7 博徒
8 関東大震災
8 樺太
10 国鉄高山本線開通
11 待望の長女誕生
12 疎開、そして終戦
13 風流な博徒
14 平沢集落での大喧嘩
15 風祭
16 足を洗った由太郞
17 おわら節一筋
18 才女、松永昭子
19 八尾町と富山県立八尾高等学校
20 富山県立八尾高等学校講師
21 最後の三味線
22 野辺の送りのおわら節
取材協力者 /参考文献
あとがき