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あの有名作品からマニアックな短編まで
ミステリの女王、アガサ・クリスティーが
作品に織りこんだ法科学を徹底分析!
・デビュー作『スタイルズ荘の怪事件』で示された指紋の正確な知識
・微細証拠の存在が有罪の決定打とならないことを示す『マギンティ夫人は死んだ』
・銃を嫌っていたクリスティーが『ナイルに死す』へと結実させた弾道学
・筆跡の違いが手掛かりとなる『オリエント急行の殺人』
・痕跡証拠が存在しないことが重要な意味を持つ『ゴルフ場殺人事件』
・『ポアロのクリスマス』で用いられた血液凝固に関する意表をつくトリック
・検死解剖の詳細を徹底的に調査したことがうかがえる『エッジウェア卿の死』
・現実の中毒事件解決にも貢献した『蒼ざめた馬』のリアリティあふれる描写
稀代のストーリーテラーとして,世界中で愛されているアガサ・クリスティーは,
法科学の専門家ともいえる一面を,その物語から垣間見せてもいる.
本書では,ポアロやミス・マープルといった魅力的な登場人物を通して描かれる法科学を紹介し,
“法科学者”としてのクリスティーに焦点を当てる.
現実の事件に影響を与えるほどのリアリティで描かれる世界を,
最新の法科学の知見から読み解く.
●はじめにより
犯行現場はきわめて重要だが,科学捜査にはさまざまな側面がある.『ゼロ時間へ』に登場する弁護士で犯罪心理学者のフレデリック・トレーヴは,探偵小説が殺人事件から始まることを嘆いている.殺人は物語の終わりで,始まりではないと考えているのだ.
「物語はずっと前から始まっています.すべての原因と出来事が,ある一点……ゼロ時間に収束していく.そう,すべてがゼロに向かって収束していくのです」
本書では,この引用文に敬意を表して,法科学的な証拠を扱おうと思う.殺人事件の犠牲者の物語は,犯行現場から始まり,すべての証拠が遺体に向かって,つまりゼロに向かって収束していく.遺体安置所に死体が移されたあとに登場する捜査官のように,まずは犯行現場でメタファーとしての「原因と結果」を分析する.つまり足跡,紙片,発射された弾丸を丹念に調べる.それから遺体に取りかかり,傷のパターン,毒物やその他検死でみつかる人工遺物を取りあげる.そして最後に,この探求の旅のフィナーレとして,本書の結論,ゼロ時間を迎える.そこで,これらすべての法科学分野の糸が撚りあわされ,きちんと整った小さな捜査の結び目がつくられるのだ.