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(「はしがき」より抜粋)
本書は,ベトナム居住法を制度的な分析を中心に様々な角度から解明しようとするものである。すなわち,ベトナム居住法の制度及び運用に関する分析に加え,ベトナム居住法が公民生活に及ぼす影響,類似の居住制度を有する国との比較,国内移住の分析,外国人のベトナム居住の制度等の考察を行うものである。本書はまた,匿名査読を通過し『アジア太平洋研究』に掲載された拙稿「ベトナムの国内移住者に対する居住登録に関する法制の変容」を大幅に発展させたものである。
ベトナム居住法の基礎となっているのが「常住戸籍」の制度である。これは,1950 年代半ばに中国の「户口」に由来するもので現在も用いられ変容を遂げている。社会主義統制期の常住戸籍制度の下では,居住は固定的なものとして捉えられていたが,ドイモイ政策開始による国内開発の開始に伴い都市化,工業化及び労働力流動化が進むにつれて,常住戸籍制度が変容していった。
ベトナム居住法は,国民生活に根を張る基本法である。南北統一直後に居住に関する政令が初めて制定されてから居住に関する基本法令が実に8回も制定されているため,居住法は正に「使われている法律」であるといえる。
このように激しい変遷をたどったのは,居住制度が現代的要請により変容を迫られ,試行錯誤を経て変容していったためである。現代的要請とは,ドイモイ政策開始による国内開発の開始と社会主義統制の終えんによる都市化,工業化及び労働力流動化の要請である。
つまり,ベトナム居住法を解明することは,これらベトナム社会の現代的要請をひも解くことにつながるため,極めて有意義であると考えられる。
第1章は,ベトナム居住法の特徴を考察する。まず,ベトナムの法制度の概要と法体系の中の居住法を概観する。そして,居住法の根幹を成す「常住戸籍」を概観する。次いで,ベトナム公民以外のベトナム居住者に視角を広げ,ベトナム居住関連法の外国人への適用を概観する。さらに,ベトナムと同様に律令制を導入し戸籍に基づく公民管理制度を有する他の東アジア諸国の居住法制を概観し相違点を考察することにより,ベトナム居住法の理解を深める。
第2章は,ベトナム居住法の国内移住に及ぼす影響を考察する。まず,都市化,工業化及び労働力流動化により始まった国内移住を受けた常住戸籍制度の改革を概観する。そして,ベトナム国内移住の動向,国内移住に関する統計調査による国内移住の動向,「カーテーバー」と呼ばれる都市の「長期」一時居住者の状況等を概観する。そして,国内移住に関するこれまでの研究成果,国内移住のプッシュ及びプルの要因を考察する。最後に,国内移民を取り巻く問題として,都市及び工業区での社会サービス提供並びに雇用及び生活の環境悪化を概観し,国内移民を取り巻く問題を考察する。
第3章は,ベトナム居住法令の変容を考察する。社会主義統制から市場経済導入及び発展といった時代の推移の下,居住に関する法政策変更の経緯を可能な限り解明するとともに,居住法令の規定の変容を考察する。
参考資料として,現行の居住関連法令の和訳を加えた。なお,本書において,ベトナム語文書の翻訳において,正確でできる限り適切な用語を当てるように最大限の努力を払った。より適切な用語とするため,筆者の先行論文で用いた訳語で変更したものも若干ある。また,脚注において,ベトナム居住法と関連しない分野の研究者及び実務者を含む読者に参照してもらうことができるよう,本書の主題から外れるが,重要な用語の解説も付した。
本書は,ベトナムの居住法や法制の分野に限らず,日本人駐在者を含む在ベトナム外国人の居住や他の東アジア諸国の関連法制,ベトナム国内移住の動向や社会サービス提供における問題といった幅広い関連分野も扱うため,研究者,実務者,在ベトナム日本人駐在者,在日ベトナム人駐在者等を含む幅広い層の読者の関心に応えることができるものであると自負している