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物質科学やその基礎を構成する物性物理学、物理化学は、豊かな物質的文化の果実を人類にもたらして来た。今日まで、人類よって創り出されて来た各種機能を持った材料の主要部分は、安定した物質の構造(化学結合や結晶構造)のもとにあることが基本とされてきた。従来型の物質を利用した各種デバイス設計では、この考え方が充分に有効な指導原理であった。が、その反面で、物質が秘めている時間とともに変化し揺らぐ構造とそれに伴う物性の協奏的な変化(協同現象)を見通して活用することは困難となるきらいがあった。この概念的、理念的限界を突破するべく、「変化」し「揺らいでいる」物質の構造とそれに伴うエネルギー状態の変化が本質的な役割を担う場である「非平衡状態」における物質の特性や、その発現機構解明を行おうとする、「非平衡物質科学」とも呼べる新規な物質科学領域の創出の試みが今まさに始まっている。特にこの非平衡状態を出現するきっかけとして物質に対する光励起を利用し、それによる物性変化の機構をナノスケール・オングストロームスケールの分解能を持った観測手法で理解し、制御しようとする試みが、主題である「光誘起構造相転移」現象の研究である。
本書ではまず、なるべく式を使わずに、「光誘起相転移」という新しい概念を生み出した理論的、実験的背景を紹介する。それに続き新概念を具体化するために必要不可欠な、物質の具体例、新現象の観測手法の開発、観測結果について紹介する。この記述にあたっては、多くの関係者との連携、とりわけ物質開発、観測技術、その結果の理論解析という2人3脚ならぬ3人4脚での共同研究が立ち向かった困難と悪戦苦闘ぶりも含めて解説する。そして最後に、新観測技術による実験がもたらした「光誘起相転移」現象研究の新しい突破口とその最新データについても紹介する。学際的な新しい分野を切り開く、スリルに満ちた分野融合的研究の試みをお楽しみいただければ、著者としてこれに勝る喜びは無い。