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光の照射によって物質が変質する現象は、染料の退色、光合成反応、視覚の初期過程など、古くから身近な問題として知られている。光による物質変換に関する研究の長い歴史の中で、光が当たった“瞬間”に物質の中で何が起きているのか?と言う疑問は、常に多くの人々の関心を集めてきた。秒、ミリ(10-3)秒、マイクロ(10-6)秒、ナノ(10-9)秒、ピコ(10-12)秒、フェムト(10-15)秒、そしてアト(10-18)秒へと、半世紀以上を経て時間分解スナップショット測定の時間精度が向上するのに合わせ、その時代の最先端技術を用いた実験が、様々な光応答の“からくり”を解き明かしてきた。今や、光照射によって変化する物質内の原子や分子の配置や結合の変化のみならず、それよりもはるかに高速な電子の動きが捉えられつつある。
こうした先端極短パルスレーザーを用いた多くの研究対象の中で、強相関電子系固体は、光誘起絶縁体-金属転移や磁気転移など巨視的な変化を示す、という特徴を持っている。およそ1023個に及ぶ、互いに相互作用しあっている膨大な数の電子が、周期1-数フェムト秒周期の電場や磁場によってダイナミックに躍動する世界はこの物質系に特有なものであり、光スイッチとしての応用と、多体系の非平衡ダイナミクスの基礎研究の両面から注目されている。そこにはどんなからくりが隠されているのだろうか。本書は、このような強相関電子系の光誘起相転移の研究を、この10年間に筆者らのグループで行われた結果を中心にまとめたものである。
まず光誘起相転移や強相関電子系の物性を理解するために必要な基本概念として、相転移の臨界現象と不均一性(第2章)、強相関電子系と絶縁体-金属転移(第3章)、固体の光励起状態(第4章)に関する説明を行う。その後、5、6章(電荷秩序型有機絶縁体における光誘起絶縁体-金属転移、ダイマーモット絶縁体における光誘起相転移)、7章(光誘起相転移の初期過程)、8章(瞬時強電場が拓く固体のコヒーレント極端非平衡)では、ここ10年に行われてきた光誘起相転移に関する研究の展開のなかで、筆者らの研究グループで行ったものを中心にまとめた。5、 6章と8章では随分と趣が異なることを感じられる読者も多いだろう、すなわち、5、 6章では、2章で述べる協力性や臨界性、あるいは相境界の不安定性などの相転移の熱力学的な概念が主役を演じているのに対し、8章では、4章で述べる、光や光によって直接物質内に作られる励起状態のコヒーレンスがより重要な役割を果たしている。これは、光誘起相転移という現象が、光を単なる”ゆらぎ”を与えるエネルギー源として利用したものから、光の電場によって物質内の電子を直接操作する、より制御性の高いものに変わりつつあることを示している。7章は、その過渡期における研究であり、それらの橋渡しと理解していただきたい。