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本書は、中間子-原子核束縛系を舞台にした、ハドロン多体系の構造や生成反応と強い相互作用に関する研究の入門書である。読者としては、量子力学の基礎を修得済みの物理学を学ぶ大学学部4年生・大学院修士課程1年生を想定している。
我々が見聞きし体感する日々の現象や動植物の営み等は、突き詰めればほとんどすべては電磁相互作用による電子の運動と重力相互作用が基礎となっている。しかしながら、現代の物理学では、普段は全く姿を見せない強い相互作用が世界を形成する大きな役割を担っており、物質の質量獲得などにも大きく関与していると考えらえている。つまり、我々の身の周りの物質の奥底には強い相互作用が支配するもう1つの世界が隠れているのだ。量子色力学で記述される強い相互作用は電磁相互作用よりも複雑であり、したがって、強い相互作用によって形成される物質や生じる現象は、電磁相互作用が支配している我々の身の周りで見る事のできるものよりも、実はずっと複雑かもしれない。この強い相互作用の支配する世界を中間子-原子核束縛系を舞台に説明したいと考えている。
強い相互作用をする粒子はハドロンと呼ばれ、原子核を構成する陽子や中性子、湯川粒子として有名なπ中間子などがこれに含まれる。また、中間子-原子核束縛系とは、電子の代わりにπ中間子やK中間子などが原子核のごく近傍を回っている中間子原子(Mesic Atom)や、中間子が強い相互作用のみで原子核内部に束縛される中間子原子核(Mesic Nucleus)などを指している。これらの系を通じて、強い相互作用の対称性の様相、原子核中のハドロンの性質、新しいタイプのエキゾティックなハドロン多体系の構造や性質・生成反応などに迫るのが研究の目的である。
本書では、中間子-原子核束縛系の物理が無理なく理解できるような構成を心がけており、ハドロン物理学の面白さの説明、基礎的な相対論的量子力学(クライン-ゴルドン方程式など)の復習の後で、π、K、η、η(958)などの中間子と原子核の束縛系に関する研究成果を解説している。直感的なイメージが掴みやすいように、何枚かのイラストのデザインを身近な協力者にお願いした。読者のみなさんにリラックスして楽しんでいただければ幸いである。