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加速した粒子を用いた散乱実験は、肉眼では決して捉えることができない世界を“見る”基本的な手段である。実験で測定される散乱断面積は、極微の世界の映像ともいえる。本書は、この映像を読み解くために必要な量子力学的散乱理論の基礎を、初学者向けに解説したものである。必要な知識はごく初歩的な量子力学のみである。
本書では、標準的な教科書が出発点とする散乱の形式論をあえて避け、扱う式の意味を読者が見失うことのないよう配慮した。これと連動して、散乱問題を記述するシュレディンガー方程式の正解を導くことは思い切って後ろに回し、できるだけ単純な模型から話を始めることとした。単純な模型を用いるほど、測定結果の解釈は直観的なものとなる。それは、得体の知れない量子の世界を紐解く際の堅固な足場となるだろう。その足場を利用しながら、模型の精度を徐々に高めることによって、ミクロの世界を見ることの意味を掘り下げていくのが本書の狙いである。模型は実際に測定されたデータの分析に適用され、それぞれの模型の精度に見合った物理が引き出される。量子散乱理論が、理論のための理論ではなく、現実を正しく描ける理論であることをぜひ読みとってほしい。なお、本書が分析の対象とするのは主に原子核の反応(フェムトスケールの反応現象)であるが、散乱問題の取り扱い方や観測量の読み解き方などは、より広い対象、たとえば原子・分子の衝突現象や物性分野の中性子散乱などにも適用できるはずである。
本書が、より発展的で完全な散乱理論の専門書と読者をつなぐ架け橋となれば、これに勝る喜びはない。