水産増殖での免疫学的防疫技術の開発を展望 / 養殖魚生産にとり必要な感染症対策。本書は魚類の免疫機能の研究成果を集約し、水産増養殖における免疫学的防御技術開発を展望する。編者他、青木宙、鈴木譲氏らが解説。
はじめに
近年,増養殖の対象となる魚種の増加は著しいものがあり,魚類の増養殖も日本国内にとどまらず,世界中に広がってきている.それにともない,魚類の疾病も多様になってきている.養殖魚の感染症対策として,非常に多くの薬剤が使用されるようになってきているが,食品である養殖魚類には耐性菌や薬剤残留の問題があるので,できるだけ薬品を使わない防疫対策を開発し,世界の水産増養殖業に開示する必要がある.また,環境ホルモンをはじめとして環境汚染物質の種類も多様化しており,これらが養殖魚にとどまらず自然界の生態系へ与える影響が懸念されるようになってきている.これらの環境へ放出される物質は,現在のところ,毒性という観点から調べられてはいるが,魚類の生体防御に及ぼす影響についてはほとんど検討されていない現状である.それらのバックグラウンドとなる魚類免疫学の研究の進展は,哺乳類に比べ遅々としているが,近年になって長足の進歩を遂げつつある.哺乳類の免疫機能解明は現在分子生物学的方法を用いたサイトカイン遺伝子やそれに対するレセプターの段階に達しており,獲得免疫と炎症における分子レベルの解明が進んでいる.魚類においてもⅣで中西,中尾,青木が述べているように免疫系遺伝子解明について急速な研究の進展がある.
このように,遺伝子関係の研究の進歩と免疫生物学の進歩の間には歴然とした差が存在するが,III.5.でも触れたように,魚類の獲得免疫機構の解明の遅れはひとえに T リンパ球の機能が判っていないことにその原因がある.平成 6 年 10 月に日本水産学会秋季大会において,「水産増養殖における生体防御機構研究の現状と将来」というシンポジウムが開催され,水産学シリーズ「水産動物の生体防御」(森 勝義,神谷久男編)が平成 7 年に刊行されているが,それから 8 年を経過し,魚類免疫学の研究が著しく進展した.そこで,我々は対象を魚類に限定し,「魚類の免疫系」に関するシンポジウムを企画し,今まで個々の研究者が様々な魚種で蓄積した魚類の免疫系研究の成果を持ちより,広く水産学に携わる人たちの評価と批判を受けることにした.このシンポジウムは,魚類の防疫や水域の環境評価に多大の貢献をするのみならず,水産動物の生物学の進歩にも益すると考えた上での企画である.
このシンポジウムは,現時点での魚類免疫系の研究成果を公開して討議することにより,主要魚種で得られた免疫機能に関する知識を更に広く水産動物に応用することを目的としている.すなわち,魚類の免疫研究の現状を把握し,問題点と将来の水産増殖における免疫学的防疫技術開発の展望を検討し,安全で美味しい養殖魚の生産に寄与すると共に,魚類の生物学研究における免疫学の位置付けを図る目的で,平成 14 年 4 月 5 日に,日本水産学会大会で下記のように近畿大学において開催された.残念なことに,魚類の中でゲノム解析が最も進んでおり,免疫系遺伝子研究にも早晩登場することが期待されているトラフグについては,現在までほとんど免疫系の研究がなされておらず,このシンポジウムの中に盛り込むことが出来なかった.
本書は当日の講演に総合討論の質疑応答の趣旨を加えて執筆し,編集したものである.シンポジウムの総合討論でも,T リンパ球や MHC の問題など魚類の免疫系研究の問題点と今後の展望について有意義な討論が行われた.なお,免疫学に限らず最近の科学用語ならびに略語が極めて難解になってきている事に鑑み,巻末に本書で使われている略語一覧表を入れておいた。
本書が,水産学を学び研究している諸兄姉の研究の一助となれば幸である.以下省略