水産業における水圏環境保全と修復機能 水産学シリーズ132

松田治 編著, 古谷研 編著, 谷口和也 編著

3,960円(税込)

株式会社恒星社厚生閣

水産業が水域環境保全に果たす多面的役割 / 漁獲・漁場環境に関するデータを基に、環境保全や環境修復機能など多面的な機能をもつ水産業の果たす役割と今後のあり方を提示する。



はじめに
 水産業は従来,主として食料生産の営み,特に水域からの動物性タンパク質の供給事業として捉えられてきたが,同時にさまざまな多面的機能を備えている.中でも,「環境の世紀」ともいわれる21世紀を迎え,水産業のもつ環境保全機能や環境修復機能を評価する必要性が高まってきた.
 水産業のもつ環境保全機能の例を上げれば,水産物の水揚げは海域に流入した窒素やリンを陸域に回収する数少ないリサイクル・プロセスでもあるし,有機物を餌とする魚介類は水域環境中で COD 物質の削減機能を果たしているといえる.また,歴史的に集積された漁獲データや漁場環境データは,資源と環境に対する比類のないモニタリング記録であり,水域環境保全のための重要な基盤情報を提供するものである.さらに水産業は環境教育や環境監視機能とも深い関わりをもっているなど,水産業は本来的に包括的な環境保全機能をもっているということができる.水産業のもつこのような広義の環境保全機能は近年ますます重要になっているにもかかわらず,実際には問題が的確に整理されていないこともあって、社会的にも十分認知されていない.特に,現状では林業や農業分野では森林や水田の公益的機能が社会一般にかなり広く認められていることとむしろ対比的な状況となっている.
 このような背景のもとで,日本水産学会環境保全委員会は平成 13 年度春季大会において,水産業のもつ様々な価値を環境保全・修復機能を中心に多角的に検討し、新しい水産のあり方を探ることを目的としてシンポジウム「水圏環境における水産業の環境保全・環境修復機能」を開催した.シンポジウムのプログラムを文末に示したが,本書はこのシンポジウムの内容をとりまとめたものである.おりしも,平成 12 年には「循環型社会形成推進基本法」が,また 13 年には新たに「水産基本法」が制定され,水産業のあり方に環境保全型産業,物質循環型産業としての位置づけが求められ,また資源管理と環境管理の協調が求められる時代となってきた.このような社会的情勢の中で,本書の出版が水産の来るべき将来のために新たな視点と切り口を提供することを期待するものである.