スズキと生物多様性 水産資源生物学の新展開―水産学シリーズ131

田中克 編著, 木下泉 編著

3,960円(税込)

株式会社恒星社厚生閣

回遊魚スズキを通じて考える水産資源生物学 / スズキは日本人に極く親しまれている魚であり,汽水・淡水に生活する稀なる魚である。このスズキをケーススタディに水産資源生物学の在り方を問う。



はじめに
 スズキはわが国の沿岸魚を代表する魚として馴染み深く,人々の生活と深く結びついてきた.コッパ・ハクラ・セイゴ・ハネ・フッコなど成長に見合った呼び名がつけられ,古くは平家物語にも「平清盛が伊勢から熊野への海路,大きなスズキが船に飛んで入り,吉事だと調理して自らも食い,また家来にも食べさせ,そのおかげで出世した」(川那部浩哉著,魚々食紀,29 頁)との話にあるように,古来「出世魚」として親しまれてきたようである.
 多くの沿岸性海産魚類の中で,本種が他の魚と大きく異なる点は,汽水域や淡水域と深く関わった生活史をもつ点である.また,成魚は強い魚食性を示し,沿岸生態系の中では最も高い食地位を占めることも特徴の一つである.本種のこのような特性,とりわけ河口域を生息場とする生活史は,本種の資源生物学に基礎と応用の両面で多くの問題を提起しつつある.本種は沿岸漁業の重要種にとどまらず,養殖や栽培漁業の対象として重要性を増すとともに,身近な海の“大物”として最近では遊漁者にも人気が高く,その利用形態はますます多様化している.
 河口域と結びついた生活史は,地域個体群の存在を予測させる.河川の規模や流入する内湾の立地条件に応じて生活史に多様性を生じさせる可能性も高い.近年,有明海個体群が雑種起源であることが明らかにされ,そのこととも関連してそれまで東アジアの沿岸域に生息するスズキはすべて同じ種にまとめられていたのが,中国産のスズキと日本産のスズキは別種であることが確証されるなど,系統類縁関係は資源生物学の中心課題の一つであることを改めて示した.最近では養殖用種苗として持ち込まれた中国産スズキ(タイリクスズキ)が瀬戸内海に広がり,“外来魚”として定着する危険性をもつなど新たな問題を提起しつつある.また人間の生活や産業活動の影響を最も受けやすい河口域を生息場とする本種の生態は,沿岸海洋環境の保全や再生の視点からも注目すべき存在と考えられる.
 以上のように,本種の生理生態的特性は,資源管理方策,養殖のあり方,栽培漁業の展開,遊漁と漁業のあり方など多様な問題と密接に関わる.沿岸海洋資源生物と人間との関わり方が多様化する中で,本種は水産資源生物学のあり方を考え,今後の研究を展開する上で好適なモデル魚種と位置づけられ,平成 12 年 9 月 27 日に日本水産学会秋季大会行事として下記のようなシンポジウムを福井県立大学において開催した.
 本書はこのシンポジウムの講演内容をまとめたものである.本書が,沿岸生態系の鍵種と位置づけられるスズキの保全や多面的な利用に役立ち,また,より統合化された水産資源生物学の発展に貢献すれば幸いである.
(以下省略)